ずっと人からビデオを借りて見ていた韓国ドラマ『ファン・ジニ』が最終回を迎えたので、全体の感想など書いてみたいと思います。
【あらすじ】
16世紀の朝鮮。地方都市ソンドの妓生(キーセン)ヒョングムは、自分と同じ妓生にしたくないと娘のチニを寺に預ける。しかし、妓生たちの踊りを見たチニは、自らソンドの教坊に妓生になりたいとやって来る。教坊の首主(ヘンス)ペンムは、彼女の踊りの才を見抜き、妓生の卵・童妓として教坊へ入れる。その日から、彼女の修練の日々が始まった――。
まず、全体的には悪くはなかったけど、恋愛部分に回数を割きすぎたなあという感じでした。
というか、脚本家の人(?)が恋愛中心にしようか、芸の道を究める女の話にしようか、ちょっと迷っていたような感じがします。
それともこれは、もうちょっと話数が多ければ、問題なかったことなのかもしれません。
まあ、私自身、もともと恋愛物が好きではないので、よけいにそう感じたのかもしれませんが……中盤のキム・ジョンハンとの恋についてはまだしも、前半のウノさんの分がどう考えても長すぎるように思えます。
このあたりをもうちょっと短くしていたら、後の方ももっと前へ詰まって来るので、23話で登場した舞についてチニにいろいろ言う学者ももっと早くから出せると思うんですが。
私的には、ペンムの死で呆然としているチニとこの人物を出会わせて、それで立ち直ってもう一度踊りをやり始めるって感じの方がよかったよな〜と思ったりしたのでした。
ということで、結局一番面白い、いいな〜と感じたのは、23話と最終回の2話だった気がします。
プヨンと舞を競うことになったチニが、庶民の前で踊りを披露することを思い付き、それを批判する学者と出会って、「本物の舞」に気づくというこのあたりの流れは、すごくよかったなあと感じます。
それと、チニの母ヒョングムの死も悲しかったですね。いや、こちらはまあ、いずれは娘より先に死ぬものなので、しかたがないとしても、オムス様がねぇ。最後、雪の中に消えて行く姿が見ていて辛かったです。
それ以外で印象的だったのは、やはりペンムの死と彼女を舞で見送るチニの姿ですね。
ここは、すごくいいシーンだったと思います。だって、一生を舞に捧げたようなペンムを見送るには、舞は一番だと思いますから。
あと、最初の方ではチニたちの修練の様子などが。
あれは見ていて、ほんとに『ガラスの仮面』とか『巨人の星』を思い出しました(笑)。
それから、特筆すべきは最後の方のビョクケスの変わりようですね。キム・ジョンハンが荒れていたあたりなんて、以前と完全に立場が逆転してしまってましたもの。
もしかしたら、このドラマの中で、一番大きなものを得たのは、チニ以外ではこの人だったのかもしれません。
これまで斜に構え、全てを嘲笑したり押さえつけたりしてやって来たこと全てを、誠実に受け止め考えるというすべを学んだのですものね。
タンシムとの子供を引き取ったあたりも、見ていて本当に「変われば変わるものだな〜」と感心したものでした。
「誠実に受け止める」というのは、実はチニにしても同じなのかもしれません。
たしかに彼女には彼女のそうする理由があって、また客も客なんだと言えばそうなんだと思います。でも、彼女も最終回で「本当の舞」がなんなのかを悟るまでは、ずっとビョクケスと同じで斜に構えて、さまざまなものを嘲笑して来ましたよね。
しかも彼女の場合は、本当に美人で詩と舞の才能があったもんだから、更に始末が悪かったわけですよね。だって実際、明の使者を詩で感銘させその口車で篭絡して、朝鮮の音楽を廃棄する心づもりを変えさせてしまったり、ビョクケスの無理難題を反古にしちゃったりできるんですもの。
そういう意味では、23話の最後で普通の格好で仮面をかぶって踊った舞が、道行く人の誰の足も止めることがなかったという事実は、彼女の天狗の鼻をへし折る役目をしたってことでしょう。
ともあれ、私的にはこのドラマは、もうちょっと恋愛部分を少なくして舞の修練に特化してくれればもっともっと面白かっただろうなと思える作品でした。
期待して見始めただけに、そこのところが、少し残念です。
【あらすじ】
16世紀の朝鮮。地方都市ソンドの妓生(キーセン)ヒョングムは、自分と同じ妓生にしたくないと娘のチニを寺に預ける。しかし、妓生たちの踊りを見たチニは、自らソンドの教坊に妓生になりたいとやって来る。教坊の首主(ヘンス)ペンムは、彼女の踊りの才を見抜き、妓生の卵・童妓として教坊へ入れる。その日から、彼女の修練の日々が始まった――。
まず、全体的には悪くはなかったけど、恋愛部分に回数を割きすぎたなあという感じでした。
というか、脚本家の人(?)が恋愛中心にしようか、芸の道を究める女の話にしようか、ちょっと迷っていたような感じがします。
それともこれは、もうちょっと話数が多ければ、問題なかったことなのかもしれません。
まあ、私自身、もともと恋愛物が好きではないので、よけいにそう感じたのかもしれませんが……中盤のキム・ジョンハンとの恋についてはまだしも、前半のウノさんの分がどう考えても長すぎるように思えます。
このあたりをもうちょっと短くしていたら、後の方ももっと前へ詰まって来るので、23話で登場した舞についてチニにいろいろ言う学者ももっと早くから出せると思うんですが。
私的には、ペンムの死で呆然としているチニとこの人物を出会わせて、それで立ち直ってもう一度踊りをやり始めるって感じの方がよかったよな〜と思ったりしたのでした。
ということで、結局一番面白い、いいな〜と感じたのは、23話と最終回の2話だった気がします。
プヨンと舞を競うことになったチニが、庶民の前で踊りを披露することを思い付き、それを批判する学者と出会って、「本物の舞」に気づくというこのあたりの流れは、すごくよかったなあと感じます。
それと、チニの母ヒョングムの死も悲しかったですね。いや、こちらはまあ、いずれは娘より先に死ぬものなので、しかたがないとしても、オムス様がねぇ。最後、雪の中に消えて行く姿が見ていて辛かったです。
それ以外で印象的だったのは、やはりペンムの死と彼女を舞で見送るチニの姿ですね。
ここは、すごくいいシーンだったと思います。だって、一生を舞に捧げたようなペンムを見送るには、舞は一番だと思いますから。
あと、最初の方ではチニたちの修練の様子などが。
あれは見ていて、ほんとに『ガラスの仮面』とか『巨人の星』を思い出しました(笑)。
それから、特筆すべきは最後の方のビョクケスの変わりようですね。キム・ジョンハンが荒れていたあたりなんて、以前と完全に立場が逆転してしまってましたもの。
もしかしたら、このドラマの中で、一番大きなものを得たのは、チニ以外ではこの人だったのかもしれません。
これまで斜に構え、全てを嘲笑したり押さえつけたりしてやって来たこと全てを、誠実に受け止め考えるというすべを学んだのですものね。
タンシムとの子供を引き取ったあたりも、見ていて本当に「変われば変わるものだな〜」と感心したものでした。
「誠実に受け止める」というのは、実はチニにしても同じなのかもしれません。
たしかに彼女には彼女のそうする理由があって、また客も客なんだと言えばそうなんだと思います。でも、彼女も最終回で「本当の舞」がなんなのかを悟るまでは、ずっとビョクケスと同じで斜に構えて、さまざまなものを嘲笑して来ましたよね。
しかも彼女の場合は、本当に美人で詩と舞の才能があったもんだから、更に始末が悪かったわけですよね。だって実際、明の使者を詩で感銘させその口車で篭絡して、朝鮮の音楽を廃棄する心づもりを変えさせてしまったり、ビョクケスの無理難題を反古にしちゃったりできるんですもの。
そういう意味では、23話の最後で普通の格好で仮面をかぶって踊った舞が、道行く人の誰の足も止めることがなかったという事実は、彼女の天狗の鼻をへし折る役目をしたってことでしょう。
ともあれ、私的にはこのドラマは、もうちょっと恋愛部分を少なくして舞の修練に特化してくれればもっともっと面白かっただろうなと思える作品でした。
期待して見始めただけに、そこのところが、少し残念です。



