思惟樹の庭
ドラマ・映画・小説・マンガの感想を中心としたブログです。New Entries
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映画『ダ・ヴィンチ・コード』
2009/05/17
20:02/Sun |
ドラマ・映画の感想
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昨夜はテレビ(地上波)にて映画『ダ・ヴィンチ・コード』の放送を見たので、感想を書きたいと思います。
【あらすじ】
ルーブル美術館の館長ソニエールが殺され、大学教授のロバート・ラングドンは参考人として現場に呼ばれる。そこで出会ったソニエールの孫ソフィーから、事件の捜査官ファーシュが自分を犯人と見ていると教えられ、彼はソフィーと共に美術館から逃亡することに。
逃亡しながらソフィーと話すうち、彼はこれがただの殺人事件ではないこと、カトリックの根本をゆるがしかねない大きなある秘密の探求に、自分が巻き込まれたことを知るのだった――。
というわけで。超有名な映画ですが――まず、一番びっくりするところだろうキリストに子供がいた! 的な部分にはイマイチ、ピンと来ませんでした。
っていうか、これは日本人のほとんどがそうじゃないかな〜という気がするんですが。
多神教の日本に生まれて、古事記だのギリシャ神話だのが好きな私にしてみれば、キリストが神だろうが人間だろうが、妻子がいて何が悪いの? というのが正直なところ。
なので、その秘密のために、殺人とかってなんだかなあとは感じました。
もっとも、そこを抜きにすると、内容&映像はとても面白くて素敵だったしきれいだったし、グロかったしで、とても楽しく見ることのできた作品でした。
途中のどんでん返し的な部分にも、びっくりしたりハラハラしたりさせられましたしね。
あと、美術館の中とか教会とか、とにかくきれいなところが盛りだくさんで。
そういえば、あの最初と最後に出て来る美術館の中って、本物なのかしらん。いや、だってフツーは絵画とかって撮影させてくれないものじゃないですか。それが、あんなふうに、惜しげもなくどばどば出て来たりしたので。
ところで、最後まで見て、実は一番かわいそうだったのは、シラスだったんじゃないかなあと思いました。まあ、自分で望んでしたことだし、宗教で頭一杯な人ってこんな感じだよな〜とは思うんですけれども。
にしても、結局はその信仰心を利用されて、上の人間のいいように扱われていたわけじゃないですか。たしかに、殺人を犯したのは彼だし、そういう意味では罪に問われなければいけないのだけれども……最後は、自分の師である司教を撃ってしまって、ショックを受けて呆然自失のところを警官に撃たれて死んでしまって……たぶんきっと、司教が生きていたっていうのも知らないままだっただろうなあと。
ソフィーが実は何者だったのかも意外でしたし、最後の棺のありかに関しては、本当に本当の意外でしたね。でも案外、あそこが一番安全かも。いやまあ、もしも改築工事なんてすることになったら、みつかることもあるかもしれないけれども……当面は、安全なのではないかと。
ともかく、とても楽しく面白く見られた作品でした。
【あらすじ】
ルーブル美術館の館長ソニエールが殺され、大学教授のロバート・ラングドンは参考人として現場に呼ばれる。そこで出会ったソニエールの孫ソフィーから、事件の捜査官ファーシュが自分を犯人と見ていると教えられ、彼はソフィーと共に美術館から逃亡することに。
逃亡しながらソフィーと話すうち、彼はこれがただの殺人事件ではないこと、カトリックの根本をゆるがしかねない大きなある秘密の探求に、自分が巻き込まれたことを知るのだった――。
というわけで。超有名な映画ですが――まず、一番びっくりするところだろうキリストに子供がいた! 的な部分にはイマイチ、ピンと来ませんでした。
っていうか、これは日本人のほとんどがそうじゃないかな〜という気がするんですが。
多神教の日本に生まれて、古事記だのギリシャ神話だのが好きな私にしてみれば、キリストが神だろうが人間だろうが、妻子がいて何が悪いの? というのが正直なところ。
なので、その秘密のために、殺人とかってなんだかなあとは感じました。
もっとも、そこを抜きにすると、内容&映像はとても面白くて素敵だったしきれいだったし、グロかったしで、とても楽しく見ることのできた作品でした。
途中のどんでん返し的な部分にも、びっくりしたりハラハラしたりさせられましたしね。
あと、美術館の中とか教会とか、とにかくきれいなところが盛りだくさんで。
そういえば、あの最初と最後に出て来る美術館の中って、本物なのかしらん。いや、だってフツーは絵画とかって撮影させてくれないものじゃないですか。それが、あんなふうに、惜しげもなくどばどば出て来たりしたので。
ところで、最後まで見て、実は一番かわいそうだったのは、シラスだったんじゃないかなあと思いました。まあ、自分で望んでしたことだし、宗教で頭一杯な人ってこんな感じだよな〜とは思うんですけれども。
にしても、結局はその信仰心を利用されて、上の人間のいいように扱われていたわけじゃないですか。たしかに、殺人を犯したのは彼だし、そういう意味では罪に問われなければいけないのだけれども……最後は、自分の師である司教を撃ってしまって、ショックを受けて呆然自失のところを警官に撃たれて死んでしまって……たぶんきっと、司教が生きていたっていうのも知らないままだっただろうなあと。
ソフィーが実は何者だったのかも意外でしたし、最後の棺のありかに関しては、本当に本当の意外でしたね。でも案外、あそこが一番安全かも。いやまあ、もしも改築工事なんてすることになったら、みつかることもあるかもしれないけれども……当面は、安全なのではないかと。
ともかく、とても楽しく面白く見られた作品でした。
『逃げ出した死体』
2009/03/18
14:53/Wed |
読書感想
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■『逃げ出した死体』 栗本薫(講談社)
【あらすじ】
14歳の秋本元気が学校から帰宅すると、玄関に知らない男性の死体があった。彼が外の公衆電話から警察を呼んで戻ってみると、それはなくなっていた。
翌朝、居間で転寝していた元気は、謎の男女が自分を焼き殺そうとしているのを知って、命からがら逃げ出すのだが――。
栗本さんの、グイン以外のお話を読むのは、久しぶりです。
ちなみにこれは、主人公・元気の一人称で語られる伊集院大介シリーズの長編の一つです。
まずは、読後感がとてもよかったです。
全編読み終えてみると、このお話は14歳の少年の成長物語なんだなあというのがとてもよくわかるのですが、ラストがほのぼのしているというか、「雨降って地固まる」という感じ。
栗本さんの作品には、ラストでぐっと来るものが多いのですけれども、こういうほのぼの「よかったなあ」と思えるものは意外に少ない気がして、そこがちょっと珍しいかな? と感じました。
なんというか、いわゆる中・高校生向きのジュブナイルって感じかと。
なので、本格ミステリーを期待して読み始めた人にはちょっとがっくりする部分もあるかもしれません。
これは伊集院さんのシリーズの最近の作品には、全般的にいえることですけれども。
名探偵のシリーズなので、ミステリーには違いないけれども、「本格」というのとは、違うと思います。とはいえそれは、読者の側の好みの問題なので、「本格」でないからいいとか悪いとか、そういうことでもないとも思います。
私自身は、高校生ぐらい? からずっとこのシリーズのファンですし、そもそも「本格ミステリー」のファンというわけでもないので、どんな内容でも伊集院さんが出て来て活躍してくれるだけで、うれしい人です。
ちょっと感想からはそれてしまいますが……。
基本的に私はジャンルというより、キャラクターで小説でもマンガでも読んでいる部分があります。
いや、もちろん「恋愛」は苦手で読めないし、「ホラー」は小説はちっとも怖いと感じないのであんまり読まないですが。
でもミステリーなんかだと、トリックがどうとか謎解きがどうとか、も気にはなりますけれど、やっぱり探偵役の人が好きだから読んでいる、というのがほとんどです。
なので、本格だろうがサイコミステリーだろうが、キャラが好きなら読むという感じ。
ちなみに、伊集院さんのシリーズは初期のころはわりとフツーのミステリーだったように思います。で、シリウスが出て来たあたりから、明智小五郎のシリーズみたいな感じになって――というか、私的にはちょっと特撮ちっくに感じる部分も。そして、『タナトス・ゲーム』あたりからは、ミステリーというよりか、その形を取ったさまざまな「栗本薫の言いたいこと」を表現した作品になって行ったように思います。
アマゾンあたりの評を読むと、『ナタトス・ゲーム』以降の作品はけっこうクソミソ言われてますが。
たぶんそれは、読者が「ミステリーってこういうもの」と思って読んだのと、話の内容がマッチしなかった結果だろうなあと、私はよく思ったりします。
ネット上では、たいていがクソミソ書かれている栗本さんですが、まあもうここまで来たらそのまま我が道を行ってくれ、と思います。
少なくとも私は、行けるとこまではついて行くつもりだったりしますので。
というわけで――今回のもとても面白かったです。
この作品は、できれば主人公と同じ中学生あたりの子にも読んでもらえるといいかもな、と読み終わってちょっと思ったりもしました。
【あらすじ】
14歳の秋本元気が学校から帰宅すると、玄関に知らない男性の死体があった。彼が外の公衆電話から警察を呼んで戻ってみると、それはなくなっていた。
翌朝、居間で転寝していた元気は、謎の男女が自分を焼き殺そうとしているのを知って、命からがら逃げ出すのだが――。
栗本さんの、グイン以外のお話を読むのは、久しぶりです。
ちなみにこれは、主人公・元気の一人称で語られる伊集院大介シリーズの長編の一つです。
まずは、読後感がとてもよかったです。
全編読み終えてみると、このお話は14歳の少年の成長物語なんだなあというのがとてもよくわかるのですが、ラストがほのぼのしているというか、「雨降って地固まる」という感じ。
栗本さんの作品には、ラストでぐっと来るものが多いのですけれども、こういうほのぼの「よかったなあ」と思えるものは意外に少ない気がして、そこがちょっと珍しいかな? と感じました。
なんというか、いわゆる中・高校生向きのジュブナイルって感じかと。
なので、本格ミステリーを期待して読み始めた人にはちょっとがっくりする部分もあるかもしれません。
これは伊集院さんのシリーズの最近の作品には、全般的にいえることですけれども。
名探偵のシリーズなので、ミステリーには違いないけれども、「本格」というのとは、違うと思います。とはいえそれは、読者の側の好みの問題なので、「本格」でないからいいとか悪いとか、そういうことでもないとも思います。
私自身は、高校生ぐらい? からずっとこのシリーズのファンですし、そもそも「本格ミステリー」のファンというわけでもないので、どんな内容でも伊集院さんが出て来て活躍してくれるだけで、うれしい人です。
ちょっと感想からはそれてしまいますが……。
基本的に私はジャンルというより、キャラクターで小説でもマンガでも読んでいる部分があります。
いや、もちろん「恋愛」は苦手で読めないし、「ホラー」は小説はちっとも怖いと感じないのであんまり読まないですが。
でもミステリーなんかだと、トリックがどうとか謎解きがどうとか、も気にはなりますけれど、やっぱり探偵役の人が好きだから読んでいる、というのがほとんどです。
なので、本格だろうがサイコミステリーだろうが、キャラが好きなら読むという感じ。
ちなみに、伊集院さんのシリーズは初期のころはわりとフツーのミステリーだったように思います。で、シリウスが出て来たあたりから、明智小五郎のシリーズみたいな感じになって――というか、私的にはちょっと特撮ちっくに感じる部分も。そして、『タナトス・ゲーム』あたりからは、ミステリーというよりか、その形を取ったさまざまな「栗本薫の言いたいこと」を表現した作品になって行ったように思います。
アマゾンあたりの評を読むと、『ナタトス・ゲーム』以降の作品はけっこうクソミソ言われてますが。
たぶんそれは、読者が「ミステリーってこういうもの」と思って読んだのと、話の内容がマッチしなかった結果だろうなあと、私はよく思ったりします。
ネット上では、たいていがクソミソ書かれている栗本さんですが、まあもうここまで来たらそのまま我が道を行ってくれ、と思います。
少なくとも私は、行けるとこまではついて行くつもりだったりしますので。
というわけで――今回のもとても面白かったです。
この作品は、できれば主人公と同じ中学生あたりの子にも読んでもらえるといいかもな、と読み終わってちょっと思ったりもしました。
『佐賀のがばいばあちゃん』
2009/02/09
13:56/Mon |
読書感想
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■『佐賀のがばいばあちゃん』 島田洋七(徳間書店)
おくればせながら、映画にもなったという『がばいばあちゃん』を読みました。
なかなか、面白かったです。
読んでいて、思わず笑ってしまうことも多かったですし、なんとなくほのぼのさせられました。
貧乏であってもすごく明るくて前向きな彼らの姿勢には、勇気づけられることも多かったです。
ただ、今と昔では日本の社会はずいぶんと変わってしまっていて、昔だったらお金がなくて少々貧乏だってもどうにかなっていたことが、今はそういうわけにもいかない部分もあるとは思うのですけれどもね。そういう意味では、ちょっと「ファンタジーだよなあ」と感じるところもありましたけれども。
とはいえそれは、けして作り話なわけではなくて、昔はこんなふうでもあれたという、それも事実なわけで。
読みながら、少しだけですけれども自分が子供だったころのことをも、思い出していました。
私の郷里はけっこうな山奥で、畑で作っているものもあれば山から山菜などを採って来ることもあって、それと米などのちょっとした食料は購入することで生活が成り立っていたのですが、母や祖母がかつてしていた話によれば、今のこの都市でのくらしよりもはるかにお金がかからなくて、貧乏でもそれなりにやって行けたとのこと。
島田洋七の子供時代と私の子供時代とでは、けっこう年代に開きはあるのだけれども、それでも貧乏でもなんとかなったのは、おばあちゃんの住んでいた所が田舎だったからかもなあとも思ったりしました。
ともあれ、ほのぼのとして勇気づけられる、楽しい作品でした。
おくればせながら、映画にもなったという『がばいばあちゃん』を読みました。
なかなか、面白かったです。
読んでいて、思わず笑ってしまうことも多かったですし、なんとなくほのぼのさせられました。
貧乏であってもすごく明るくて前向きな彼らの姿勢には、勇気づけられることも多かったです。
ただ、今と昔では日本の社会はずいぶんと変わってしまっていて、昔だったらお金がなくて少々貧乏だってもどうにかなっていたことが、今はそういうわけにもいかない部分もあるとは思うのですけれどもね。そういう意味では、ちょっと「ファンタジーだよなあ」と感じるところもありましたけれども。
とはいえそれは、けして作り話なわけではなくて、昔はこんなふうでもあれたという、それも事実なわけで。
読みながら、少しだけですけれども自分が子供だったころのことをも、思い出していました。
私の郷里はけっこうな山奥で、畑で作っているものもあれば山から山菜などを採って来ることもあって、それと米などのちょっとした食料は購入することで生活が成り立っていたのですが、母や祖母がかつてしていた話によれば、今のこの都市でのくらしよりもはるかにお金がかからなくて、貧乏でもそれなりにやって行けたとのこと。
島田洋七の子供時代と私の子供時代とでは、けっこう年代に開きはあるのだけれども、それでも貧乏でもなんとかなったのは、おばあちゃんの住んでいた所が田舎だったからかもなあとも思ったりしました。
ともあれ、ほのぼのとして勇気づけられる、楽しい作品でした。
『美貌の記憶』
2009/01/26
15:12/Mon |
読書感想
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久々に小説を読んだので、感想を書いてみたいと思います。
■『美貌の記憶』 新田一実(講談社)
【あらすじ】
アパートの駐車場で陥没事故が起きた後、竜憲は姿を消してしまう。そんな中、修一が依頼されたのは人形を見てほしいというものだった。結局人形を預かることになった修一だが、彼はその顔が竜憲に似ているという。一方、彼らのアパートを訪れた鴻も人形の顔に竜憲を見、強引にそれを持ち去ってしまう。人形と対峙した鴻は、自分の記憶が二重になっていることに気づくが――。
ということで、姉崎探偵事務所シリーズの12冊目です。
買ったのはけっこう前なのですが、他にも読むものがあって、ずっと放置してました(^^;
前作『闇を継ぐ子供』で、大輔たちの住むアパートの駐車場から沼の主が出て来て、それを沙弥子の子供が食べて、竜憲が姿を消した、その後の話です。
まずは、大道寺もいろいろと問題を抱えているなあという感じですね。
竜憲は大学に入ってすぐに行方不明になったことになっているんですが、跡取りとしてやって来た芳明とかいうのも、なんかあんまりいい奴じゃなさそうです。
結局今回、この芳明が鴻を邪魔にして、沼に引きずり込もうとしてたようですが……彼に憑いているものの実体にも気づかないで、なんだかおこがましいよなあという感じが。
まあ、そもそもがサスラヒメ(すみません、字がうまく探せません)を捕らえて人に封じようとか考えるあたりが、おこがましいといえばそうなんですけれども。
自分たちのために作り出した神ならともかく、古代からいる神様を捕らえて使役しようだなんて、それこそ驕りだよなあと。
そのくせ、鴻の背後にいるのが何者かにさえ気づかないというのはなあ……とちょっと呆れてしまうのでした。
もう一つは沙弥子の子供ですね。
大きな力を持つものをなんでも食べちゃうって、なんか怖い話ですが――なんで沙弥子がそんな子を生むことになったんだろう、とかも思ってしまったり。
ところで、現国魂が大輔に言っていた「器を壊せ」っていうのは、沙弥子の子供のことじゃなくって、あの人形のことなのでは? という気がしました。
修一も鴻も、あの人形に反応していて、しかも大輔も修一が撮った人形の写真に竜憲の持つ光と同じものを見ているんですよね。ということは、竜憲は案外、姫神と一緒にこれに隠れているのでは? と思ったのですが。
人形だって「器」じゃないですか。たとえば、厄を流したりする時、人型のものに移して流したり燃やしたりするものですし。
なので――と思ったのですが、どうでしょうか。
ちなみに、人形については次の巻へ持ち越しのようです。
ともあれ、この巻も楽しく読めた姉崎探偵事務所シリーズでした。
■『美貌の記憶』 新田一実(講談社)
【あらすじ】
アパートの駐車場で陥没事故が起きた後、竜憲は姿を消してしまう。そんな中、修一が依頼されたのは人形を見てほしいというものだった。結局人形を預かることになった修一だが、彼はその顔が竜憲に似ているという。一方、彼らのアパートを訪れた鴻も人形の顔に竜憲を見、強引にそれを持ち去ってしまう。人形と対峙した鴻は、自分の記憶が二重になっていることに気づくが――。
ということで、姉崎探偵事務所シリーズの12冊目です。
買ったのはけっこう前なのですが、他にも読むものがあって、ずっと放置してました(^^;
前作『闇を継ぐ子供』で、大輔たちの住むアパートの駐車場から沼の主が出て来て、それを沙弥子の子供が食べて、竜憲が姿を消した、その後の話です。
まずは、大道寺もいろいろと問題を抱えているなあという感じですね。
竜憲は大学に入ってすぐに行方不明になったことになっているんですが、跡取りとしてやって来た芳明とかいうのも、なんかあんまりいい奴じゃなさそうです。
結局今回、この芳明が鴻を邪魔にして、沼に引きずり込もうとしてたようですが……彼に憑いているものの実体にも気づかないで、なんだかおこがましいよなあという感じが。
まあ、そもそもがサスラヒメ(すみません、字がうまく探せません)を捕らえて人に封じようとか考えるあたりが、おこがましいといえばそうなんですけれども。
自分たちのために作り出した神ならともかく、古代からいる神様を捕らえて使役しようだなんて、それこそ驕りだよなあと。
そのくせ、鴻の背後にいるのが何者かにさえ気づかないというのはなあ……とちょっと呆れてしまうのでした。
もう一つは沙弥子の子供ですね。
大きな力を持つものをなんでも食べちゃうって、なんか怖い話ですが――なんで沙弥子がそんな子を生むことになったんだろう、とかも思ってしまったり。
ところで、現国魂が大輔に言っていた「器を壊せ」っていうのは、沙弥子の子供のことじゃなくって、あの人形のことなのでは? という気がしました。
修一も鴻も、あの人形に反応していて、しかも大輔も修一が撮った人形の写真に竜憲の持つ光と同じものを見ているんですよね。ということは、竜憲は案外、姫神と一緒にこれに隠れているのでは? と思ったのですが。
人形だって「器」じゃないですか。たとえば、厄を流したりする時、人型のものに移して流したり燃やしたりするものですし。
なので――と思ったのですが、どうでしょうか。
ちなみに、人形については次の巻へ持ち越しのようです。
ともあれ、この巻も楽しく読めた姉崎探偵事務所シリーズでした。
『超人ロック 凍てついた星座』 3巻
2009/01/25
14:22/Sun |
マンガの感想
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■『超人ロック 凍てついた星座』3巻 聖悠紀(少年画報社)
【あらすじ】
ロックを捕らえたレオノーラは、彼から自分が記憶を失った真相を聞かされ、動揺する。一方、テニアンは軍人に化けて基地に潜入し、軌道用のシャトルで惑星外への脱出を狙っていた。しかしそれは、ジン・コーポレーションのマーヤ・マーヤによって阻止され、捕らわれの身となった。そして――。
『凍てついた星座』3巻にて、完結しました。
読み終えて、一番怒らせると怖い人間だったのは、実はマーヤ・マーヤだったのかもなあと思いました。ちなみに、3巻を読んでいる間、なぜか彼女の声は小倉優子で聞こえてました。なんか、ゆうこりんなら、これが地でやれそうだと思ったりして。
それはともかく。レオノーラも今回は結局、ロックの努力もむなしく、死んでしまいました。
でも、ロックいわく、いくら超能力で治療を施しても、当人に生きる意志がなければだめだとか。
ようするに、記憶のないレオノーラはロックを恨んでいたけれども、最初に生きたいと願ったのは、彼女自身だったというわけですね。そして今回は、もう生き続けるのはいやだと願ったと。
普通の人間の何倍もの時間を生きることが、本当に幸せなのかどうか、私は子供のころからずっと疑問でした。
最初にそんな疑問を持ったのは、アニメの『海のトリトン』でヘプタポーダという、死ぬことのできない女性が登場する回を見た時だったと思います。
自分自身、40歳の誕生日を迎えた時、平均寿命からいってまだこれで半分なのかと溜息をついたぐらいです。
とはいえ、死ぬのは怖いし、病気で苦しんで死ぬのはいやです。
でも、長く生きれば幸せってものでもない――この考えは、今でも変わりません。
だから、私には自分の意思で生きないことを選べたレオノーラは、むしろ幸せだったように感じます。
一方では、ロックの気持ちもわかりますけれどもね。
家族とか友人とかの立場になれば、相手を死なせたくないと思うのは当然のことですから。
でもロックは、仇であるテニアンを殺すことはできなかった。こういうところも、彼の人間くさいところで、私はやっぱり好きだなあと思ってしまうのです。
ラストは、少しだけうるっと来てしまいました。
マインド・ハープは普通の楽器の進化したようなもので、技術そのものよりも演奏者の心が強く出る楽器なのじゃないかと私は思っているのですが――それでレオノーラを送るためにロックが奏した曲は、きっととても優しい音色だったのではないかなあと。
ともあれ、心温まるラストでした。
この『凍てついた星座』は全巻通して、戦闘シーンの多い作品でしたが、ラストはとてもよかったと思いました。
【あらすじ】
ロックを捕らえたレオノーラは、彼から自分が記憶を失った真相を聞かされ、動揺する。一方、テニアンは軍人に化けて基地に潜入し、軌道用のシャトルで惑星外への脱出を狙っていた。しかしそれは、ジン・コーポレーションのマーヤ・マーヤによって阻止され、捕らわれの身となった。そして――。
『凍てついた星座』3巻にて、完結しました。
読み終えて、一番怒らせると怖い人間だったのは、実はマーヤ・マーヤだったのかもなあと思いました。ちなみに、3巻を読んでいる間、なぜか彼女の声は小倉優子で聞こえてました。なんか、ゆうこりんなら、これが地でやれそうだと思ったりして。
それはともかく。レオノーラも今回は結局、ロックの努力もむなしく、死んでしまいました。
でも、ロックいわく、いくら超能力で治療を施しても、当人に生きる意志がなければだめだとか。
ようするに、記憶のないレオノーラはロックを恨んでいたけれども、最初に生きたいと願ったのは、彼女自身だったというわけですね。そして今回は、もう生き続けるのはいやだと願ったと。
普通の人間の何倍もの時間を生きることが、本当に幸せなのかどうか、私は子供のころからずっと疑問でした。
最初にそんな疑問を持ったのは、アニメの『海のトリトン』でヘプタポーダという、死ぬことのできない女性が登場する回を見た時だったと思います。
自分自身、40歳の誕生日を迎えた時、平均寿命からいってまだこれで半分なのかと溜息をついたぐらいです。
とはいえ、死ぬのは怖いし、病気で苦しんで死ぬのはいやです。
でも、長く生きれば幸せってものでもない――この考えは、今でも変わりません。
だから、私には自分の意思で生きないことを選べたレオノーラは、むしろ幸せだったように感じます。
一方では、ロックの気持ちもわかりますけれどもね。
家族とか友人とかの立場になれば、相手を死なせたくないと思うのは当然のことですから。
でもロックは、仇であるテニアンを殺すことはできなかった。こういうところも、彼の人間くさいところで、私はやっぱり好きだなあと思ってしまうのです。
ラストは、少しだけうるっと来てしまいました。
マインド・ハープは普通の楽器の進化したようなもので、技術そのものよりも演奏者の心が強く出る楽器なのじゃないかと私は思っているのですが――それでレオノーラを送るためにロックが奏した曲は、きっととても優しい音色だったのではないかなあと。
ともあれ、心温まるラストでした。
この『凍てついた星座』は全巻通して、戦闘シーンの多い作品でしたが、ラストはとてもよかったと思いました。
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